日本陸海軍の記憶を空間に刻んだ一軒
軍服、勲章、セピア色の照明――北新地の雑居ビル2階で扉を開けると、昭和初期の空気がそのまま残っているかのような錯覚に陥る。BGMには軍歌が静かに流れ、調度品の一つひとつが実際の軍装品という徹底ぶりで、国内でも数軒あるかどうかという希少な業態を成立させている。派手な装飾や過剰な演出に頼らず、歴史への敬意だけで空間を構築しているところに、Bar 髙橋の芯の強さがある。初めて訪れた夜、正直ここまで没入感のある店は経験がなかった。
常連客の中には「何度来ても新しい発見がある」と語る人が少なくない。壁に掛けられた勲章の由来を店主に尋ねると、一つひとつに物語があり、酒を飲みながら耳を傾ける時間がそのまま歴史の追体験になる。歴史好きだけでなく、非日常を求めて足を運ぶビジネスパーソンの姿も目立つという。リピーターが多い理由は、この空間でしか得られない時間の質にあるのだろう。
ワイン約二百種とシガー約六百本という圧倒的な品揃え
三台のワインセラーで温度管理された約二百種類のワインが、常時グラスの向こうに控えている。産地も価格帯も幅広く、フランスやイタリアの定番からニューワールドまで選択肢は多い。シガーに関してはキューバ産を軸にドミニカ産・ホンジュラス産など約六百本をストックしており、愛好家が一晩で吸い比べを楽しめるだけの在庫量を維持している。ワインとシガーのペアリングを店主に相談すれば、好みに合わせた組み合わせを提案してくれる。
シガー未経験の来店客には、カットの仕方から着火、吸い方のペースまで丁寧にレクチャーしている。実際に「初めてのシガーをここで体験して、そのまま趣味になった」という声も聞かれる。紫煙をくゆらせながらワインを傾ける時間は、慣れた人にとっても初心者にとっても独特の緊張感とリラックスが同居する不思議な感覚らしい。喫煙可能なバー自体が減少傾向にある中、これだけの本数を揃えて迎えてくれる店は大阪でも貴重だ。
書道体験と店主の佇まいが生む和の没入感
Bar 髙橋の店主は書道の心得が深く、希望する客には筆と墨を使った書道体験の場を設けている。海外からの来訪者がこの体験を目当てに予約を入れるケースもあり、バーでありながら日本文化の入口としての役割を自然に担っている。1920年代製の眼鏡をかけ、当時の制服をまとった店主自身がひとつの展示物のように空間へ溶け込んでいる。「日本人で良かった」と感じられる凛とした和の空気を守り続けるという理念が、細部にまで行き渡っている。
ある海外客が書道体験の後、自分の名前を漢字で書いてもらい額装して持ち帰ったというエピソードがある。観光ガイドには載りにくい類の店だが、口伝えで訪れる外国人旅行者は年々増えているようだ。カウンター越しに交わされる会話は日本語・英語を問わず、店主の人柄がそのまま接客の質に直結している印象を受ける。歴史と文化を肴にする夜は、通常の飲食とは異なる記憶の残り方をする。
北新地駅徒歩約七分、夜19時から翌2時の営業
大阪市北区曾根崎新地1丁目7−6、新日本新地ビル東館2階17号。JR東西線・北新地駅から徒歩約七分の距離にあり、仕事帰りにも立ち寄りやすい立地に位置する。営業時間は19時から翌2時で、ラストオーダーは翌1時30分。定休日は祝祭日のため、平日の夜を中心にスケジュールを組みやすい。
カウンター席が中心の店内は、一人での来店でも気後れしにくい空気感がある。初来店の客と常連が自然に言葉を交わす場面も珍しくなく、「一人で来たのに気づいたら隣の人と話し込んでいた」と振り返る利用者もいるという。北新地という繁華街の中にありながら、店内に流れる時間の速度は明らかに外とは違う。週末前の金曜夜は席が埋まりやすいため、事前の連絡を入れておくほうが確実だ。


